こんな沈んだ夜だからこそ
ある日ある時ある瞬間、唐突に「死んでしまいたい」なんて考えることって結構あると思うんです。かくいう私もひとりぼっちの夜なんかなら天井見上げて「早く楽になってしまいたいな」だなんて無性に永遠の救済を求めたくなってしまうんですが、朝になればそんなのすっかり綺麗さっぱり忘れ去って、いつも通りの日常を送れるようになっているんです。それが全く不思議なものでもはや魔法だと思えてしまうものなのですが、それはあくまで私が無意識のうちに見えない場所へと押し込んでいるだけでして、そんなのいつか限界が来てしまうんですよ。私が今やっているのは、ただただ私自身に都合の悪いことから目を背け続けるだけの逃避でしかないわけなんですよね。
その繰り返しをする中で、私はあるときふと、本当に消えたくなってしまったんです。今にして思えばなんで私はそんな突然思い立ったのか不思議で不思議でしょうがないのですが、生きる気力が無に等しかった私は真夜中だというのにふらふらと家を出て近所のコンビニへと足を運んで、滅多に買わない缶ビールに手を伸ばしたんですよ。家に残っていた少ないとは言えないけれど死ぬには少々、いやかなり物足りない睡眠薬をアルコールと共に全て流し込んでしまえば、この他愛もない人生に幕を下ろすことができるんじゃないかっていうまやかしを本気で信じ込んでいたんです。おおよそ理解できない思考ですが、虚な目でみる世界は白黒でそこにはなんの意味も価値も存在しないという確かな事実は存在していたんです。
家に着くなりワンルームの端っこに置かれた一人分のベッドに座って、棚の中から取り出したなけなしの睡眠薬を買ったばかりのアルコールで流し込みました。突発的に死のうと思ってしまった手前、遺書だとか身辺整理をしてしまえば決意が揺らいでしまって失敗してしまうかもしれないと、普段の日常を送る中で静かに居なくなりたかったと今ならたくさん言い訳が思いつきますが、せめて担当アイドルに対してくらいは感謝と謝罪をしておかなければいけないなと、開くのもやっとな視界の中で「ごめん」と送った私は、力尽きて倒れ込んだのでした。
誰かが私のことを呼んでいるような気がして目を覚ましました。どうやら私は生き残ってしまったようです。どう考えてもあんなお遊び程度の行為で死ねるわけが無いのは自明ですが、目を覚まして最初に感じたのは“これじゃあ死ねないのか“と至極残念でしかない悔しさでした。今の私は生きることを諦めた上に死ぬことさえ許されない無間地獄ともいうべき環境に取り残されているのではないかと勘違いしてしまうほど、私の心は追い詰められていたんです。
失意の念に沈んでいた私ですが、途切れた私の記憶とは少しだけ違う状況がありました。私のベッド……いや、ベッドとは到底言えないような、寝床のような場所では感じることのできない柔らかな温もりが、私の後頭部にありました。そう、まるで誰かの膝を借りているかのような……。
「あ、やっと起きた。」
さほど高くない、聞き心地の良い低音。忘れることなどできやしない、担当アイドルの声。私の陳皮な自殺が失敗に終わったことは疑う余地もなく、おまけといわんばかりに、いまのところ一番会いたくない人が目の前にいました。
どうやら、私のプロデューサー人生は本当に終わりなようです。自殺を図るほど精神が不安定な人間に、誰がプロデュースされたいのでしょうか。このことは直ぐに学園側にもばれて、下手すれば退学勧告かもしれません。そうなればプロデューサー人生がどうこうより、退学後の普通の人生を歩めるかどうかが問題で、ただでさえ”アイドルプロデュース”なんていう狭い世界でしか役に立たないものが専攻なのですから、大卒資格を保有しているとはいえそこら辺の名前を書けば入れるような大学と同等、もしかすればソレ未満の扱いを受けることは想像に難くありません。いっそ実家に戻ってしまいましょうか、でもあんな田舎に戻ってしまえば真偽の程も定かじゃない噂が囁かれることになって、私だけでなく両親にまで迷惑が掛かってしまいます。もう一度、今度こそ死ぬことができるように、お先真っ暗な人生に幕を下ろすために、確実に命を絶てるように飛び降りてしまいましょうそうしましょう。それが世のため人のためなのですから、私みたいな社会のお荷物はいなくなってしまったほうがいいんです。
「落ち着いて、プロデューサー。いつものプロデューサーらしくない。」
もう一度、今度こそ死ぬために起き上がろうとした私でしたが、彼女に肩を掴まれてしまいました。普段のか弱い姿からは想像もできないほど強く掴まれた私は思わず顔をしかめましたが、彼女はそんなのお構いなしなようです。
「プロデューサーは、貧弱なわたしのためにいつも頑張ってくれてる。でも、今のプロデューサーは焦りすぎて、全部やめそうになってる。」
「プロデューサーはとっても疲れてる。たくさん休んでほしいけど、それよりもっと、担当アイドルに頼ってほしい。」
震えた声に、すすり泣き。今まで見てきた無機質というか植物のような天才少女じゃなく、15歳の小さなアイドル”篠澤広”を見てようやく、愚かな私が犯した重大な過ちその重さを知りました。彼女と運命を共にする覚悟を決めておきながら、一時の自殺衝動で自ら彼女と結んだ契約を反故にしようとしてしまうなんて愚行、許されるわけありません。
「むう、プロデューサーは一度思考を止めたほうがいい。さっきからずっとよくないことを考えていて、わたしのよわよわな握力じゃ止めきれない。」
「プロデューサーはプロデューサーはわたしに寄りかかっても大丈夫。プロデューサーが考えているよりも、わたしは弱くない。」
「……私の肩を必死に押さえつけてるとき、腕がプルプルしてましたけど。」
「ふふ、プロデューサーは担当アイドルに対して本当のことを言いすぎだと思う。」